乳腺科の紹介

-診断から治療まで-

顧問 西村 令喜 (日本乳癌学会名誉会長)

今年(令和4年)4月に新たにスタッフに加わった西村令喜と申します。すでに30年以上、乳癌診療を中心に行ってきましたが、新たな環境で、新たな気持ちで診療を継続していきたいと思います。私と同時にこれまで基礎医学で遺伝子の研究を続けてこられた渡邊すぎ子先生も新たに加わっていただきました。これまでも乳腺診療を中心に行ってきた本院ですが、さらに専門性を生かし、患者さん方の満足を得られるべく邁進していきたいと思います。

1.診断

来院からの流れ

 受付→ 問診→  検査着に着替え→ マンモグラフィ
乳房超音波検査 
 →
 → 担当医診察 → 診断結果の説明 → 必要であれば針生検 → 病理結果説明(後日) 
マンモグラフィと超音波検査



針生検:
局所麻酔下に行われますので、安心して受けられます。
採取した組織を病理専門医が診断します。

2.初期治療

乳がんと診断され,最初に受ける治療のことを「初期治療」と呼び、すでに起こっているかもしれない微小転移を根絶し,乳がんを完全に治すこと(治癒)を目指すものです。
局所治療:手術,放射線療法
全身治療:化学療法(抗がん薬治療),ホルモン療法(内分泌療法),抗HER2療法 (分子標的治療)など

3.乳がんの診断のあとは

まず検査が必要になります。
①遠隔転移の有無(CTスキャン、骨シンチ)、②乳房内の拡がり(乳房MRI)の検査を行い、転移がなければ治癒を目指した手術が可能になります。そこで、決定すべきは乳房部分切除か全摘かになります。そのポイントの一つはMRIによる拡がり、多発病変があるのかどうかになります。

    

4.乳房の手術について

現在の乳がん手術には,①局所のがんを取り除く治療,②病理結果からがんの性質を知る検査,という2つの目的があり,その標準的な手術の方法は,「乳房温存手術」あるいは「乳房全切除術」になります。「乳房温存手術」は,乳房を部分的に切除し,がんを取り除く方法で,「乳房全切除術」は,大胸筋と小胸筋を残してすべての乳房を切除する方法です。

以下に乳房温存手術が困難な場合について記載します。

最終的には担当の医師の説明を聞き、自ら決断することになります。
手術によって切除した組織の断端にがんが見つかった場合、原則として再手術することになります。その際、乳腺に余裕があればもう一度乳房を温存する方法も可能です。

乳房切除術と部分切除での成績の違いは?
放射線治療を伴う乳房温存術と乳房全切除術では、生存率や遠隔臓器への転移する可能性などの治療成績に差はありません。そのため、乳房温存術が可能な場合では、より見た目を損なわない乳房温存術を選択するケースが増えてきています。

5.センチネルリンパ節生検

乳房内から乳がん細胞が最初にたどりつくリンパ節と定義され,このセンチネルリンパ節を発見,摘出し,さらにがん細胞があるかどうか(転移の有無)を顕微鏡で調べる一連の検査をセンチネルリンパ節生検と呼びます 。


センチネルリンパ節への転移状況での対応
➀センチネルリンパ節にがん細胞がない
腋窩リンパ節郭清を省略可能
➁センチネルリンパ節に転移がある場合(2mm以上)
原則として腋窩リンパ節郭清を実施
③センチネルリンパ節の転移が微小(2mm以下)であった場合
その他リンパ節に転移が存在する可能性は低いため、腋窩リンパ節郭清を省略可能
④最近の研究では、センチネルリンパ節に2mmを超える転移があっても、(1)センチネルリンパ節への転移が2個以下、(2)乳房のしこりの大きさが5cm未満、(3)乳房温存手術を行い、術後に腋窩を含む放射線照射を施行、(4)術後薬物療法を施行、腋窩リンパ節郭清を省略しても生存率は低下せず、遠隔再発率も上昇しないという報告が複数なされました。

6.薬物治療:乳がんの性質に応じた薬の選択

(1)ホルモン受容体陽性 乳がん
乳がんが,ホルモン受容体(エストロゲン受容体)をもっている場合,女性ホルモン(エストロゲン)を取り入れて増殖する性質があります。そういう性質を利用した治療として、    ・閉経前の方は,LH–RHアナログという注射で卵巣の機能を抑える    
・閉経後の方はアロマターゼ阻害薬という薬で,脂肪などからエストロゲンをつくる働きを抑える
・タモキシフェンなどの抗エストロゲン薬を投与すると乳がん細胞はエストロゲンを取り入れられなくなります。         
ホルモン受容体(エストロゲン受容体もしくはプロゲステロン受容体)をもっているかを病理検査で調べ,もっている乳がん(ホルモン受容体陽性乳がん)にはホルモン療法を行います。
もう一点重要なことはホルモン受容体陽性乳がんに抗がん薬を使用するかどうかですが、ポイントは増殖活性が盛んな腫瘍には抗がん剤が効果的であり、使用することを考慮します。また、OncotypeDX(オンコタイプディーエックス)といった遺伝子検査(多遺伝子アッセイ)を用いることもできます。

(2)HER2陽性乳がん
細胞表面にHER2タンパクをもっている乳がんは、増殖が盛んで、再発しやすいと言われていますが、抗HER2薬(トラスツズマブなど)の治療により、治療成績はかなり改善され、再発も抑えることが認められています。したがって、がん細胞がHER2タンパクをもっているかどうかを調べ、HER2陽性乳がんと診断されれば抗HER2薬と抗がん薬を使用することが勧められます。

(3)ホルモン受容体陰性・HER2陰性乳がん(トリプルネガティブ乳がん)
トリプルネガティブ乳がんとはエストロゲン受容体やプロゲステロン受容体、HER2タンパクのいずれももっていない乳がんのことで、ホルモン療法や抗HER2薬の効果が期待できない為、術前もしくは術後に抗がん薬治療を行うことで対処することが一般的です。

7.放射線治療について

➀乳房温存手術後に実施
 手術した乳房全体に、1回線量2.0グレイを計23~25回、総線量で46~50グレイ程度を照射するのが一般的で、標準治療となっています。さらに、切除断端近くにがん細胞があった場合には、全乳房照射後にしこりのあった周囲に追加照射(ブースト照射)を行うことは、乳房内の再発を減少させるのに効果があります。

➁乳房全切除後の放射線治療
 乳房全切除術、しこりの大きかった(5cm以上)患者さんや、腋窩(わきの下)のリンパ節に転移があった患者さんでは、胸壁(手術した胸の範囲)や周囲のリンパ節に再発する可能性が指摘されています。そのことから、胸壁やリンパ節の再発を減らす目的で放射線療法の実施を勧めています。特に腋窩リンパ節に4個以上転移があった患者さんには放射線療法の実施がより必要であると考えています。

最後に・・・

乳がんと診断されればどなたも不安になり、頭の中が真っ白になり、医師の説明も頭に入ってこない状態で、どうすればよいのか、まったくわからないという状況になることがあります。しかし、私たちはそういう患者さんの思いを理解し、少しでもご自分の状況を理解していただき、より正しい判断ができるようにサポートしていきたいと努めています。